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だいやのブログ

2015年7月15日
本の紹介 浅田次郎著 『終わらざる夏』

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浅田次郎さんの『終わらざる夏』を読んだ。

この物語は史実に基づいているが、筆者は千島列島の北東端にある占守(しゅむしゅ)島という島で、太平洋戦争の末期に日本軍とソビエト軍が交戦したことを知らなかった。

 

千島列島の北東というと、なんとなく北海道に近いのだろうなぁという感覚をもったのだが、グーグルの地図で確認してみたら、分かりやすく言うならカムチャッカ半島の南端である。北海道からは遥か遠くに離れている。

 

おわらざう.jpg

 

こんな辺境の島に日本軍が駐留していた理由は、アメリカの本土上陸作戦に備えてのことだったらしい。太平洋戦争の末期に「一億総玉砕」をスローガンにして本土決戦に備えていた日本軍は、南は沖縄本島、北はこの占守島を要衝としていたのだ。

 

占守島でのソビエトとの戦闘が通常のそれと違っていたのは、この戦闘が玉音放送の後でおこなわれた点である。

 

ソビエト軍が島の北端の浜に上陸してきたのは8月18日で、この島に駐留していた日本軍は終戦の報を聞いていたため、戸惑いながらも応戦したのである。戦闘の途中で何度も停戦命令が出されるが、敵が攻撃してきている以上は応戦するしかなく、両軍に多くの死傷者が出ることになった。

 

戦いを優位にすすめていたのは、諸々の事情で歴戦の精鋭を島に温存せざるを得なかった日本軍であったが、たび重なる停戦命令に従って21日には日本軍が降伏する形で戦闘は終結する。

 

悲劇は続き、捕虜にされた日本兵はソビエトによってシベリアに抑留され、最短で1947年、最長で1956年まで帰国することができず、劣悪な環境下で強制労働をさせられることとなった。占守(しゅむしゅ)島からの人数も含め、シベリアに抑留された日本人捕虜の総数は65万人(推計)とされており、その1割にあたる6万人が帰国することができずに死亡している。

『終わらざる夏』に描かれているのは軍人だけではなく、子どもも含めた一般市民やソビエト兵も登場する。それぞれが決して望まない戦争に翻弄されていく様を読んでいると、当時の人々の心情を追体験することができた。

現在、国会では安保法案の改正をめぐって、さまざまな議論がされている。

「二度と戦争の悲劇を繰り返してはいけない」という美辞麗句があるが、世界の各地で太平洋戦争の後も戦争がおこなわれてきたことは事実である。日本人が最低限の自衛を目的とした自衛隊以外の軍備をもたずに、表向き(日本国内だけ)の平和を甘受できたのは、アメリカ軍の基地があちこちにあったからである。

すぐ隣の「中国や北朝鮮の軍事的脅威にさらされるかもしれない」という恐ろしい仮説をもたずに、「アメリカ軍の基地はいらない」、「自衛隊もいらない」などという主張は、あまりに無責任で幼稚だと思う。何よりも『終わらざる夏』で描かれたような、人知れず亡くなっていった無数の名もなき日本兵に対して失礼だと思う。フィリピンのジャングルであろうと、ミッドウェーの海上であろうと、それがどのような辺境であとうとも、死んでいった彼らは皆、郷里に残してきた家族や恋人のことを思いながら、大切な人を守るために戦ってくれたのだから。

行き過ぎた軍備は不要である。しかし自国民を守るためには、必要最小限の軍備と法整備は必要なのである。盲信的な愛国心ほど危険なものはないが、世界のさまざまな事象を鑑みたうえで広義の意味での愛国心をもちながら、日本人は国際関係を構築していく必要があるように思う。もちろん、これらの議論は慎重のうえにも慎重を期しておこなわれるべきであるから、現在の阿部政権の強引なやり方には疑問を感じるし、今後の国の在り方を危惧する声が出てくるのも十分に理解できるのだ。

最後になるが、文庫本版の『終わらざる夏』の解説を書かれた梯(かけはし)久美子さんの著書も紹介させていただく。

 

 ちるぞかなしき.jpg

梯久美子著 『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道―』

 

国家として、個人として、外敵から大切な人を守るということはどういうことなのか? 

一国家として諸外国をどのように御していけば、戦争という最悪の事態を避けることができるのか? 

年齢、国籍、立場、性別に関係なく、一人の人間として他者とどう向き合うべきか? 

 

『終わらざる夏』と同様に、さまざまなことを考えさせてくれる良書である。

(山地 正晋)