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だいやのブログ

2014年8月4日
本の紹介 大原富江著 『婉(えん)という女』

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『婉(えん)という女』

 

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 仕事のお付き合いの中で私に気づきを与えてくださる方がいる。聞かせていただくお話は,私の無知を思い知らされる内容ばかりであるが、難しい内容も丁寧に紐解いてくださるので非常に勉強になる。神々のいた古事記の時代から幕末までの、幅広い時代に起きた史実や人物たちの生き方を、様々な角度や視点から見て、歴史に思いをはせることの楽しさに気づかせてくださったのである。

 母が高知の生まれであるが、私自身はお墓参りと、大好きな坂本龍馬の軌跡を辿る旅以外はしたことがなく、それ以外の高知を知らないと話をした。次の訪問日に用意されていた本が、横川末吉著の『野中兼山』と大原富江著の『婉という女』であった。先に『野中兼山』を読み、その後『婉という女』を読むよう勧めていただいた。

 

 野中兼山は江戸時代初期の土佐藩主山内忠義に仕えた人物である。藩制改革のため様々なことを行い、藩財政を改善させたが、きびしい内容であったので領民のみならず上士などからも受け入れられず、忠義が隠居した後に、失脚させられ幽閉され、そのままこの世を去る。『野中兼山』には生い立ちから彼の生きた時代が記されている。

 

 『婉という女』はそんな父の元に娘として生まれた女性の一生を史実に基づき大原富江が記した小説である。幽閉は兼山のみならず、息子や娘たちにまで及んだ。野中家の男系が絶えるまでというものであり、四女であった婉も例外ではなかった。幼い時から42歳まで閉じ込められたまま、ほとんど外界とは接触のない生活を送った。

 少女から女性、妻、母になっていたであろう40年間の葛藤。兄弟の死によって得ることが出来た自由。幽閉中より年に一度手紙のやりとりを許されていた儒学者の谷泰山に対する思いの変遷。幽閉を解かれた後も思うようにならない日々を過ごしながらも、兼山の娘である誇りを持ち続け、天命を全うしたのである。

 長い人生の中で、理不尽なことは誰しも多かれ少なかれ経験することであろうが、婉は彼女の生きた時代の女性たちの中でも特に過酷な思いをしたのであろう。

 

 女性をテーマにした本はたくさんある。有吉佐和子の『紀の川』、『華岡青洲の妻』、三浦綾子の『氷点』、モーパッサンの『女の一生』。学生時代に読んだ時に感じたあのギュッウと胸を締めつける感覚を久々に感じた本であった。

 

                                                                                                                        乙女姉