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だいやのブログ

2014年5月1日
大阪人にとっての笑い

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1960年代に大阪の豊中市から吹田市にかけて大規模開発された千里ニュータウンで僕は生まれました。4歳の時に大阪市内の西区に引っ越して、それからずっと大阪で育ちましたので、たぶん僕は自分のことを大阪人と思って良いのだと思います。

 

小学校の時の話。どんな男子が女の子にモテたかというと、女子が男子を見るモノサシはただ一つであって、それは「面白いか、面白くないか」でした。

男子というのは子どもの頃からやはり女子にモテたいという願望を持っているのでありまして、モテるためには面白さが要求されることを肌で感じ取ったクラスの男子は、みなそれぞれに面白さを競い合い、しのぎを削ったのでありました。

 

世間的にはまだお笑いの吉本が今ほど市民権を持っておらず、僕らは「やすきよ」の漫才や、「ドリフターズの8時だよ!全員集合」を見て育っていました。もっとも「8時だよ!全員集合」については、お下劣なギャグが展開されることが多かったので、あまり見せてもらえなかったような記憶があります。

 

「やすきよ」の漫才などマネできるはずもなく、また「ドリフ」についてはお家で見せてもらっていない女子がけっこういましたから、小学校時代の僕らは誰かのモノマネをして女子の笑いを取るのではなく、みな独自に編み出したギャグで勝負していたのであります。

 

芸人の真価が問われるのは舞台の上ですが、僕ら男子にとって日々の努力の真価が問われるのは毎日の給食の時間でありました。ビン入りの牛乳を飲む女子を笑かすのです。それが僕らにとっての舞台でした。誰であろうと目の前の女子が牛乳を飲みはじめるのが開始の合図です。僕らはもう、いつ舞台の幕が上がっても勝負できるように身構えているのであります。つまり身構えながら給食を食べていたのであります。

 

そして女子が牛乳を飲み始めた瞬間に、変顔はもちろんですが身振り手振りも交えて全身全霊をかけて女子を笑かすのであります。

もちろん、ウケた場合は女子の噴き出した牛乳を浴びることもありました。ですがそれはむしろ名誉の勲章とされる暗黙の了解が成立しておりました。

 

今思いますと、子どもの頃から女子はしたたかでありまして、そういった「芸」が試される場面で連続してウケなかった場合、その男子にはいつしか「しょうも」というあだ名が付けられたのであります。

「しょうも」とは「しょうもない」、要するに「おもろない」ということであります。

そのうちにクラスには「しょうも2号」、「しょうも3号」などと、不名誉なレッテルを貼られた敗者が出来上がりまして、いったん「しょうも」と断罪された男子はクラス替えになるまで、うつむきながらその屈辱に耐えるしかないのでありました。

 

その一方で、女子から「おもろい!」という評価を得た男子はウハウハでありました。例えば僕なんかも、なぜだかおもろいという評価を頂戴した小学校4年生の時にはバレンタインのチョコレートをいっぱいもらえたりしたものであります。

 

つまるところ、このような文化で育っているのが大阪人なのであります。

男子は自分の身を落としてでも笑いを取り、女子は誠にシビアな目でその芸を審査する。

他府県で幼少時代をお過ごしになられた方からすれば正気の沙汰とは思えないのでしょうね。

 

大阪人には、このように小さい頃から培われた笑いに対する感性が根付いているのです。

大阪人は古くは「やすきよ」を愛しました。尼崎出身の「ダウンタウン」がウケ、最近では「吉本新喜劇」が流行っています。

これらの笑いに共通するのは、「演じ手が自ら汚れ役(ボケ)を引き受ける」という芸風です。

ですから、他人をいじって笑いを取ろうとする「とんねるず」を代表とする東京のお笑いが関西で通じないのは当たり前なのです。

 

アホなことをする芸人、アホなことをする家族、アホなことをする取引先の社員さんを見て、もちろん時には自らがアホなことをして、

 

「ほんまにアホやなぁ」

 

と手を打って喜び、お互いに笑い合い元気になるのが大阪人の日常なのです。

 

(山地 正晋)