株式会社だいや

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だいやのブログ

2014年4月1日
水の都大阪

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大好きな作家宮本輝氏のデビュー作は「泥の河」である。昭和30年頃の堂島川、土佐堀川あたりを舞台にした作品だ。弊社から歩いて10数分の新なにわ筋湊橋南詰に文学碑が建てられている。高速道路が頭上を走る木の下で、たまたま見つけた時はなんとなく得した気分で嬉しかった。もちろん小説の中の風景はもう存在しないが川は今も流れている。

弊社が立地するあたりの5000年前は海だった。上町台地が南に半島が伸びたようにあり、西は瀬戸内海、東は高槻、生駒山近くまで海が入り込んで内海になっていたらしい。長い年月をかけて、淀川より流れてきた土砂で、堀江や江の子島ができた。仁徳天皇が治水事業の先がけとなる開削や増築をおこなったそうだが、西区の地域は豊臣秀吉が大坂城を造ったころから、旧西横堀川、旧阿波堀川等の開削が行われた。その後約20の川が出来、生活物資を運ぶ輸送路として利用され、大阪の政治、経済の中心地として発展した。江戸時代以降洪水の被害が増え、安治川を造って洪水の被害を減らし、海からの船の出入りを自由にする成果を得たが、昭和20年~40年にかけて防潮堤や、交通事情の変化に伴い13の川が埋め立てられた。弊社の北側にあった旧立売堀川もその1つであった。

私が子どもだった40年近く前、家の近くを流れる、道頓堀川、木津川は決して"水の都"などと胸を張って言える川ではなかった。日吉方向から幸町へ渡る橋に近づくと、「ぷん」と鼻につく臭いがよくしたものだ。水面に目をやればゴミが浮き、水と分離した油のようなものが流れていた。

そんな川には大きな丸太がたくさん浮いていた。これは周囲に材木を扱う商売をしていたところが多く、水中貯木場として利用されていたのである。水中貯木の利点は大きな重い丸太を陸上で動かすより、人一人が鉤の付いた竿一本で動かしながら水上で作業する方が効率が良かったのだ。他にも理由はある。木は水に浸かっていると腐らないので、浮力で浮いて水面から出た部分を、時々竿を使ってひっくり返す作業もよく目にした。このように水中に浸漬した木は乾燥させたときの割れを少なくすることが出来る。これら様々な利点を勘案したうえでの当時の風景であった。

当時、通っていた小学校でよく言われたことは「橋の欄干を超えて魚を釣るな」「堤防の上を歩くな」「貯木している木の上に乗るな」などであったが、子どもにとってはどれも魅力的な遊びであった。貯木してある木に乗るのは運動神経の良い子だったが、ある時、木の上で遊んでいた子が木と木の間から水中に落下し、木が寄ってきて水面に上がれなくなって亡くなってしまったと聞かされてから、控えるようになった記憶がある。材木の卸問屋をしている友人の家に行けば、家の裏に川へ降りられる階段があって、マンション暮らしの私には羨ましいものであった。

「ポンポン ポンポン」と遠くから音がして、近づいてくる小さな蒸気船。その様子をいつも嬉しそうに眺めていた幼い弟の姿、作業員のおじさんが船から川の上の丸太に飛び移り、次々と木を動かす。時には木を筏のようにして船の後ろにくくりつけ、「ポンポン」とどこかへ去っていく。

これらの風景を今では目にすることは無くなった。蒸気船はエンジンの付いたボートに変わったし、木は浮かんでいないし、何より川の水が随分きれいになった。

現在、弊社のある西区には堂島川、土佐堀川、道頓堀川、木津川、安治川、尻無川、岩崎運河の7つの川が流れている。

九条と此花区の西九条を結ぶ「安治川トンネル」といわれる歩行者用のトンネルがある。昨年の秋にサイクリングの帰りにたまたま通りかかり、利用してみた。エレベーターで地下まで降り、地下通路を通り、エレベーターで地上に上がる。自転車は降りて押しながら歩く。子どもの頃利用した時と何も変わっていなかった。昭和19年に出来て以来、今日まで市民の大切な道として利用されているのである。

大きな船が通る安治川は橋を造ることが困難で、このようなトンネルが造られた。大正区の方では、渡し船が未だ利用されている。

夏の天神祭りには、メインの大川からお囃子を鳴らしながら飾られた船がやってくる。港町の前や大阪ドームの前にはきれいな遊歩道が出来、昨年の12月には堂島川に巨大なラバーダック(黄色いアヒル)が現れた。

夜、淀屋橋から南を向けば街灯に照らされる御堂筋に車のテールランプ、東を向けばライトアップされている市庁舎や公会堂、そして西を向けば日本銀行の向こうに、高速道路のナトリウム燈のぼんやりしたオレンジの光と、その下にある古い欄干と川面。21時にもなれば人も減り、一番好きな大阪の風景がそこにある。

雑多なイメージの強い大阪であるが、水都大阪はまんざらでもないように思う。

(ハムゆき)